「使令たちの座談会」 金波宮の住民全てが寝静まった丑三つ時。
深深とした空気は、まるで凍り付いているようで、誰もが安眠を貪っていると思われる。
しかし、そんな夜のしじまを僅かに乱す、がさごそという音が響く。
辺りをしきりに窺う様なひっそりとした物音は、正寝から――王の住まう場所のさらに奥。今は使う者など誰もいない筈の後宮から聞えてきた。
「いやー参ったよ。台輔のあの“お怒り”には、さ」
どさっと音を立てて長椅子に倒れ込む様に座った男は、明らかに疲れていた。
毛並みの良い狗を思わせる優雅でしなやかな身体は、ふかふかの長椅子に埋もれている。それでいて、剣呑な猟犬の瞳を持ち合わせているのだから、ちぐはぐな印象を与えるだろう。
だが、恐らくは瞳が与える印象の方が彼の本質なのだ。
甘く見てかかると、ぐさりと後ろから屠られそうだ。
一方、その男の前で、酒を手渡してやった男は、というと――丸っきりの正反対。
がっちりした身体に、長い手足。太い眉と三白眼の目元に、愛嬌なのか泣き黒子が一つ。きっと結ばれた口元は、無音を愛するかのように固く閉ざされている――。
「えー、今日はまだイージャン!この間なんかチョーヤバいって。マジヤバかったじゃん。チョーサイテーだよ。俺なんか、台輔の後ろに鬼神が見えたモンねぇ。傍に控える俺らの身にもなってみろっつーの」 ――……………い、印象とは違って、け、軽薄な男のようだ。
しかし、話の途中途中で握った拳を大卓に打ち付けている様は、まるで巨大なサル――狒狒を思わせた。
その一撃で、人間が死にそうな威力が、風圧がある。
「そうは言ってもお前、一番大変なのは、あの台輔の主人たる主上だぞ?」
「そりゃー、まぁそうなんだけどねぇ……」
首を振って、自分たちの最高権力者の苦労を忍ぶ。
そんなふたりの会話を聞いていた小さな少女は、くすりと笑いを洩らす。
くるっとした大きな瞳が可愛らしく、栗色の髪を軽く巻いている、丸で小栗鼠の様な愛らしい少女は、手を口元に当てているのだが、その効果は無い。
少女をチラリと見遣り、男二人は肩を竦めた。
しかし、まだ言いたい事は終わっていないのか、口を開き、話を再開させようとする。
すると――。
「いい加減にせぬかっ」
という、玲瓏な響きが部屋を奮わせた。
少女はその途端、はじかれた様に振り返り、相手へと駆け寄った。
「芥瑚っ!」
少女を優しく抱きしめた相手は、妖艶な美女だ。
ふわりと少女を抱きこむその暖かさは、母性を雄弁に語らせ、一方で、その艶やかな美貌は、極彩色の鳥を思わせた。
ゆっくりと、もう一つの長椅子に座り、少女を抱きかかえると、二人の男を戒める。
「班渠、ジュウサク。せめて、その様な話は雀胡の居らぬ時にせぬか」
芥瑚の言葉に、班渠と呼ばれた男は「はいはい」と答え、芥瑚の眉を上げさせたが、ジュウサクと呼ばれた男の回答は、彼女に渋面を作らせた。
「えーっそれって何時の話なんだよー。俺らが寛げるって事が第一条件で、そんなの無理な話じゃんかよぅ」
ジュウサクの言葉遣いに渋面を作ったのか、内容に渋面を作ったのかは――あえて言わないで置こう。
「それよりも……驃騎。そなたがいて、如何してこの破綻した会話を止めぬのか」
矛先を新たな人物――扉に寄りかかり、静に会話を聴いていた猫の様な男――に向けた芥瑚は、そしらぬ顔をする男に、とうとう額を押さえた。
驃騎といえば、暗赤色の腰まである長い髪をざっくりと編まれている――現在進行形で。驃騎の傍で真剣な顔で彼の髪を三つ編みしようともがいている男もまた、彼らの同僚の男だ。
「………冗祐……み、三つ編みは、楽しいのか?」
問われた冗祐は、能面の様な顔を、僅かに微笑ませた。
混在としたこの空間に、最初に匙を投げたのは、芥瑚だった。
◆◇◆
一息ついた彼らは、軽く食べるものを用意し、本格的に雑談に入るようだ。
「所で、お前。この間、主上から珍しいものを貰ったと聞いたぞ」
班渠の言葉に、ジュウサクも続ける。
「そーそー。雀胡ちゃんは何を貰ったのよ?キレイなもん?オイシイもん?それって、俺らにも見せらんないもんなワケ?」
問われた雀胡は、芥瑚の膝からぴょいと飛び降りると、驃騎の所に行く。
彼の足元にある包みを持ってこさせると、「よいっしょ」と大卓の上によじ登り、包みをびりびりと破く。中から出てきたのは、綺麗な装飾が施された箱、まるで宝石箱のようなものだった。
興味津々の彼らは、雀胡が中を開けるのを期待した。
がちゃがちゃと幾重にも掛けられた鍵を外すこと数分。
漸く開いた箱の中には――煌びやかな光と、一枚の紙が入っていた。
『みんなお疲れ様。
この箱の中に入るだけのものしか与えられないけど、みなの座談会の時にでも食べて欲しい。
中陽子』
一枚の紙と共に入っていたのは、彼らの大好物――妖魔が涎を垂らさんばかりに欲して已まないもの。
宝玉の数々だった。
一体どうやって我々の行動を探っていたのか気になるところだが、そこはそれ。水禺刀を持つ方だ。この使令を人型にさせる空間の事にも気付いておられるのだろう。
何も語らぬのが妖魔に属する使令たちとはいえ、ここまで悟られると、少し恐ろしいものがある。
手紙を読んだ面々の反応はそれぞれだったが、心中では皆同じ事を思い浮かべていた。
――部下思いの良い方だ。
それは、口ではなんと言おうが、遠まわしで直接の上司である台輔――景麒の審王眼を誉める事であり、景麒を誉める事と同様のことなのだが、彼らは黙して語らないだろう。
「次に微行《おしのび》される時は、少し目こぼしをして差上げろ」
「そうねー。イベントが目白押しの季節っていうしぃ?下界《シタ》はぁ」
「寧ろ、俺らで笑顔を独占といこうじゃないの」
「台輔には、この際黙っていただこう」
「……太っ腹な上司の方が、仕え甲斐がある」
「主上は、何が好きかな!蘭桂も一緒に連れて行こうねっ」
こうやって、鉄面皮で無表情な麒麟に使える慶の疲労する使令たちはストレス発散と共に、悪巧みを謀るのである。
金波宮の夜の帳は、まだまだ閉じようとはしない。
《終劇》
This fanfiction is written by Ryoku.
空さまに捧ぐ。
はい!と言う事で、最後の三周年リクエストとなりました。
空さんから頂いたお題は、
「十二国記・使令さんたち・景麒に遠慮しつつ陽子さんを褒め称える。」
って事だったんですが……あ、あるぇ?
景麒に遠慮なんか全然してナイっぽいYO☆
……大変お待たせいたしました!
そして、如何だったでしょうか?お望みのものと違うものとなっていたらとドキドキしますが、ドウゾお納めくださいませ。
やっぱり一度はやってみたかった、使令の人型バージョンのお話になりましたww
さて、今後のこの企画の事ですが、ブログ先行アップとしてきましたが、掲示板の時同様、コチラはこのまま残しておきます。勿論ブログがきっかけでリクを頂ける様になったことも在りますし、コチラから本家サイトへ移行してくださる方も居られるようなので、お試しとして、ね。
来年は、リク数を減らそうと思います。
流石に6個は疲れた。時間もかかるし、考えるのも大変です。
とか何とか言って来年の事だからナァ…w