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2010(Fri) 20:04

屍鬼 #20

映像関係

神様に見放されると言う事
屍鬼から神を裏切ったのではなく、人ではない生き物として生まれ変わってしまった事が罪だというのだろうか。
沙子側にとっては、辛いでしょうね。
尾崎敏夫から見れば、十分「屍鬼」としての生活を愉しんでいたように見えるから、納得いかないのでしょうが。

・人と嘗て人だったモノ
胸に杭を刺す時の描写が甘いなぁ。
心情を窺わせる描写がもうちょっとあっても良いと思うんですが・・・小説を読んでいると、酒屋の店主の所は「いつか屍鬼になってしまっている息子をこの手で終わらせるため」という意志を感じて壮絶でした。
その練習の為に、他の屍鬼を手にかけ、最後に自分の息子に止めを刺す――という感じで、凄く切なかった。
パイプラインの話はカットされていますね。勿体無い。
まぁ、凄くえぐい話ではあるんですが。漫画版では今月号の話ですので、是非見てください。

・屍鬼になりたかった
GACKTの征四郎が本当にいい味だしてますね。
あの独特の括舌?「屍鬼」という声音が妙に好きですw
桐敷氏は、屍鬼になりたくても「なれないだろう」という事が判明しています。原作とマンガでは描かれています。後でやるかなぁ・・・?
両親がとても人でなしの人物なのですが、屍鬼である千鶴や沙子に血を吸って貰っても、屍鬼に二人ともなりませんでした。
こういう場合、屍鬼にならない両親の子供は、屍鬼になる確率が凄く低いため、賭けに出れなかったわけですね。
トンでもない人でなしの両親なのに、屍鬼にはならない。屍鬼になるにはどんな要素が絡んでいるか分からないんですね。
普通の子供で合ったはずの沙子が屍鬼になってしまったり、普通の幼稚園児であった松雄の子供が屍鬼になってしまうことがあるように。
それなのに、トンでもない外道であった桐敷氏の両親は屍鬼にならなかったという事実があるのです。
不条理ですねぇw

・最期まで人でいたい
屍鬼としての自分を否定することも、その屍鬼の権利でしょう。
律っちゃんは、最期まで看護婦である自分を誇りに思いたかった。
「どうして起き上がってしまったのだろう」
本当にどうしてなんでしょうね。人助けをしてきた彼女に、どんな因子があったというのでしょうか。
屍鬼を狩る道を選ぶ人、屍鬼に降る桐敷の道を選ぶ人、屍鬼から逃れて村から逃げる人、屍鬼であることを拒んで自死を選ぶ人。それぞれです。

あと3回?2回?壮絶な最後が待っているわけですが、夏野がどんな最後を選ぶのか。夏野の父親である結城氏が出てくるはずなので(最後の辺りのあの人の話は悲しかった)、どうするのか。父親に今度こそ殺されるんでしょうか?
原作小説とは違う終わり方を、とても楽しみにしています。

神様に見放されるのではなく、神の保護の範疇に無い生き物として、「神」の存在を否定することから屍鬼はやっていかないと暮らせないのでしょうね。「人」が奉じる神を信仰するのではなく、彼ら自身の「神」が必要なのでしょう。
「人」の生死感にはやっぱり宗教と哲学が絡んでくるなぁ・・・w


テーマ: 屍鬼(藤崎竜)
ジャンル: アニメ・コミック

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